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ダイスン

Arsenalとその他もろもろ

ビデオアシスタントレフェリー(VAR)による判定と人間による公正なジャッジの限界

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昨日の夜、クラブ・ワールドカップの鹿島アントラーズとアトレチコ・ナシオナルの試合をテレビで観ていた。

結果は大方の予想を裏切るアントラーズの勝ち抜けということで、日本人としては大変にめでたいわけだが、アントラーズの1点目が史上初のVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)のビデオ判定によるPKだったということで、これはフットボール史に残る出来事でもあった。

VAR - FIFA Quality Programme

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(C)FIFA.com

 

 

www.espnfc.com

www.goal.com

 

ぼくの観測範囲(おもに英国メディア)では、ほとんど報道をされていないようだ。英国での関心の薄さ=当面導入の現実味があまりないということなんだろう。ESPNやGOALなどのグローバル対応のメディアではもちろん報道されている。ただ扱いは地味である。

 

だが仮に将来VARが本格的にプレミアリーグなどの欧州の主要リーグの試合で導入されるようなことになれば、すでに導入されているゴールラインテクノロジー以上のインパクトを与えるのではないだろうか。

 

VARが導入されると、ジャッジの正確性が上るのはもちろん、レフェリーに見えないような位置で行う「汚いプレイ」が行いにくくなるのは明白だ。この影響はかなり大きいのではないだろうか。マリーシアやセットプレイでのゴール前でのつかみ合いなどといったある種の「フットボール文化」が絶える可能性すらある。そう考えると、競技性というよりは「文化」に対する影響のほうが大きいのかもしれない。

 

アントラーズVSアトレチコ・ナシオナルの試合でいえば、1点目のPKはもちろん正統なものだったが、前半終了間際にペナルティエリアで倒れたアトレチコの選手は明らかに自分から倒れに行ったプレイで、VARの判断する範囲をもっと拡大していればシミュレーションのファールを取られていたに違いない。

 

そう、FIFAではVARによるジャッジは、試合の流れを中断させないために当面は得点に関わるような重大な判断のときだけに限定されるということで、疑わしいプレイの1から10までビデオで確認するということではないらしいのだ。もちろん将来的には技術が進歩して主審がわざわざビデオモニタを確認しにいくような手間がなくなれば、さまざまなシーンでビデオ判定が使われる可能性もあるのだろう。

 

新しいテクノロジーの導入には賛否あるようだが、そもそも、世界中の何億人のファンがテレビで精細な映像をリアルタイムに楽しんでいるなかで、審判よりもテレビの前の視聴者のほうがそこで起きたことを正確に把握できてしまっているという現状がすでにちぐはぐ感があったのではないか。

 

VARの導入にあたっては、今日プロフットボールがあまりに巨大なビジネスになってしまったことも間違いなく影響しているだろう。たとえ試合の全権を与えられたレフェリーといえど、ミスジャッジが許されなくなってきているほどに、勝ち負けがチームに与える影響はますます大きくなっている。

 

フットボール界では人間の手を介さないジャッジについて批判的な立場をとる人も多い。フットボールの魅力が損なわれると。個人的にはVARはもちろん、テクノロジー導入には賛成だ。ひいきのチームが誤審で損をしたり得をしたりはあるけれど、たとえ損をすることになっても、やはり公正なジャッジが一番健全だと思う。数億という公衆の面前で完全に公正なジャッジを下すのは人間には無理だ。