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あたまポンポンはやっぱりやめてほしい

暮らし アニメ

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文句ばかりいっているのに、また『Re:ゼロから始める異世界生活』から始めるのは恐縮なのだが。

 

『Re:ゼロ~』で、なぜ「頭ポンポン」がこんなに不快かわかった

アニメでよく見る男が女子にやる「頭ポンポン」がどうしても嫌いで。以前にそのエントリを書いたくらいなのだけれど。

アニメ『Re:ゼロ~』の最新話(第23話)で、主人公が村人の幼女のあたまにポンと手を置くシーンが出てきて、アッと思って気がついてしまった。なぜぼくはこんなに頭をポンポンされるのを見るといやな気分になるのか。

このシーンではご丁寧に主人公のスバルが幼女の頭に手を置くときに、幼女がちょっとビクッとする動作が入る。

このちょっとした動作が非常にリアルに思えたのは、親やクラスの男子とか誰でもいいが、実際に日常的に頭をぶたれたりする子どもっていうのは、大人が手を自分の上方にやっただけでビクッとなるのだ。こういった反応を見せる子というのは、普段から頭を叩かれやしないかとびくびくしているのだ。ふつう頭というのは、人間にとってとても大事な部位だから、攻撃を受けたらそれから守ろうとする本能が働くというのもあるだろう。

幼女だって頭を叩かれたくないし、いくら知り合いだからといって、こんなふうに頭をポンポンと気安く触られたくはないのだ。こういった励ましたり、感謝をしたりするときに、なぜ、肩をやさしくたたくんではダメなんだろうか。

 

ちょっと前の話になるが、友人宅でその家の小学生低学年の娘と話していたときに、ぼくがちょっと手をあげただけでビクッと反応したことにハッとしたことがある。何気ない一瞬のしぐさだったが、なんというか見逃せなかった。

それを見たときは、もしかしてお父さんかお母さんにぶたれることもあるのかと思ってちょっとげんなりした。普段はそんな人たちではないのだけど。もちろん、ぼくは彼女をぶとうとしたわけじゃなくて、たんにその娘の前で手をあげる動作をしただけだった。

やんちゃな時期だから親ではなく、学校で同級生の男子にぶたれたりして、それでちょっとビクッとなってしまったのかもしれないが、真相はわからない。

でも、頭をポンポンとたたくというのは、たたくほうにしてみれば親愛のジェスチャーのつもりかもしれないが(まったく勝手なものだ)、たたかれるほうにしてみれば、普段保っている他人との距離を突然縮められる、自分の侵されたくない領域にズカズカと踏み込まれるみたいな感覚なんじゃないか。

そういうことを考えたら、無神経に頭をポンポンなどできるわけがない。あたまぽんぽんは無神経の象徴的しぐさだ。

 

頭ポンポンの効果

なぜ、男は女子の肩をやさしくたたくより頭をポンポンしたがるのか。またそれによって得られる劇中の効果とは何なんだろう。

まず、頭をポンポンするような行為は、目上のものから目下のもの対してだけ行われることに注目したい。

家族がいたとして、父が息子の頭を、母が息子の頭をポンポンするのはありえるが、息子が父や母の頭をポンポンするというのは本質的にありえない。肩をたたくようなしぐさなら、とくに目上もなにもないだろうから、あってもまあおかしくはない。

だからそのシーンでは、ふたりの上下関係が示唆される。もしふたりが対等に見える大学の同級生だとして、頭ポンポンするシーンがあったら、そのときどちらが精神的に優位にたっているかが示される。

頭ポンポンされたい、という女子は彼に従属したい、父のように頼りたいという気持ちを持っているんだろうし、男子がそうならば、彼女に庇護されたいお母さんのように甘えたいと思っているということになる。

つまり頭ポンポンという行為で得られる視覚的な効果は、強者が弱者を従えるというマッチョイズムなんだな。

だから、イライラさせられるのだ。あたまぽんぽんから仄見える女性蔑視の態度に。ぼくはべつにフェミニストではないが、その幼稚性に嫌悪感をおぼえる。

マッチョ性というのは、現実のオタクの性質からは一番遠いようでいて、アニメやマンガのファンタシー世界のなかでは、オタクからもっとも渇望されているものなのかもしれないと思うと、オタクの一人としてやりきれない気分になる。