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映画館のマナー

映画

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これへごちんとゆっこさんが言ってたやつや! すごくおもしろい。「おそ松」もそうだし今女子向けがアツいな。『ロッキー・ホラー・ショー』もコメ投げたり*1新聞紙で雨除けしたりするイベント上映を昔観たけど、それはあくまで輸入された観劇法であって、こっちはいかにもドメスティックな鑑賞スタイルですばらしい。

ところでこのニュースでは「応援上映」の話題の前提になるひとつの要素として、映画館での「タブー」を破るものとしてのユニークさが指摘されている。

映画での鑑賞マナー

日本の映画産業は斜陽だとかくだらない作品ばかりだとか多くの問題を抱えているのは間違いないわけだけれど、鑑賞料金がとにかく高いというのが一番の問題で、二番目の問題としては行き過ぎた「鑑賞マナー」があると思っている。「タブー」ということばが大げさに感じられない程の慣習だ。映画館は物音立てちゃいけないとか喋っちゃダメとか食っちゃダメとか、「とにかく静かに・誰の邪魔にもならないように」という暗黙ルールがきつすぎて、劇場はとにかく緊張するのだ。とくに気の弱い自分のような人間の場合は、うしろの人がちゃんとスクリーンが見えるように座るのにひどく気を使ってしまってすごく疲れる。名画座系はだいたい平坦な座席レイアウトなのでなおさら、最近のシネコンとかだと傾斜があるのでこれは問題にならないけれど。

ぼくだって、隣の席で観劇中におしゃべりされたらいやだし、視界の隅っこに携帯の明かりが見えたら殺意はおぼえる。だけど、そういった迷惑行為をひとつでもやろうものなら断罪されるみたいな空気が蔓延していたら、誰でも窮屈に感じるだろうし、やがて誰も劇場に足を運びたくなくなってしまう。我々はほんとうにそんなに厳格に考える必要はあるのか。映画は正座で観なくちゃいけないのか。電車で携帯を使ってはいけないとか、そういうたぐいの不条理を感じる。車内で携帯でしゃべるのと誰かと会話するのと何が違う?

アメリカで映画鑑賞

ぼくが日本の劇場での映画鑑賞態度に疑問をもった明らかなきっかけがあって、それはアメリカの映画館での鑑賞体験である。日本で封切り前の『グラン・トリノ』をNYで観た。クリント・イーストウッドの名作だ。誘われて行ったのでお金を払った記憶はない。試写会だったのか招待だったのか。とにかく海外で映画を観ること自体が初めてだったので、字幕なしで話がわかるのかとか不安があったが、見終わってみればシンプルなストーリーだったから字幕なしでも十分話がわかったし、大いに感動もした。映画の内容はもちろん大満足だったのだけど、あれから数年がたち、いまになってみれば、映画の内容よりも観客たちの自由な観方のほうが印象に残っていた。

グラン・トリノ』は登場人物のひとりがけっこうひどい目にあう。またそれに対してクリント・イーストウッド演じる主人公のじいさんが復讐を(しようと)したりする。一見して派手な要素はないけれど、ハラハラ、ドキドキ、ワクワク、そしていろいろ考えさせられる映画だ。そのシーンのひとつひとつに劇場にいる観客が声をあげてリアクションをする。笑ったり、嘆いたり(Oh...みたいなやつ)。イーストウッド節が炸裂するあのシーンでは拍手喝采したり。実際その場にいた自分も釣られて手を叩きそうになってしまった。別に四六時中うるさいわけじゃない。息を呑むシーンではスクリーンを見つめる誰もが息を呑んでいる。要は映画にこれでもかというくらい集中しているのだ。この盛り上がり。この興奮。感動。映画だってコンサートみたいに客が盛り上げてもいいんだ、これが映画鑑賞なんだとそのとき思った。まあいつもそうなのか、『グラン・トリノ』だったからなのか、それはわからない。

たぶんその人たちはリビングでテレビを観ていてもそういった反応をするんだろうけど、劇場でもお構いなしなのだ。まるで子どもが観ているような感じといえば伝わるかもしれない。あいつらはまわりをまったく顧みない。トトロで大合唱が起きるような雰囲気なのだ。つまり劇場という公共の空間であっても自由なんである。もしその場のひとりが、ポップコーンを食べるタイミングすら見計らうような日本の映画館の緊張感のなかで同じことをしたら、ぎょっとされてしまうかもしれない。

大きな劇場でそんなに混んでいなかったし、たしか2階席だったから、そういう派手なリアクションは近くの席というよりは、おもに下のほうから聞こえていた。となりにいたら邪魔に感じたのかもしれない。日本の劇場でも実際にそうなればいいと言いたいわけでもない。静かに集中して観るという誰かの鑑賞スタイルを邪魔はしたくない。重要なのはそういったことが問題にもならない空気、あるいはそういったことが多少あっても許されるような雰囲気、これを日本の映画館にも導入してほしいのである。ちょっとだけでもいいので、あの緊張感から解放されたいのである。

古い洋画を観ると、映画のなかでひとりで映画を観るというシーンがよく出てくる。そんなとき、前の席の背にもたれかかったり、タバコを吸ったり、上映中に出たり入ったり、だいたいぞんざいな態度だ。映画なんて本来そんなものなんじゃないか。

 

 

*1:コメントを投げるではない。お米をスクリーンに向かって投げるのである。