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ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?第6話の感想というか「告白」って何なんだ?

アニメ

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ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?」というアニメを観ていたんだけども。最初、少なくとも日本中からアクセスできるのであろうネトゲで主人公とパーティを組んでいた仲間が偶然にもクラスメイトや同じ学校の美少女たちだったというのがわかってこりゃ主人公の夢オチか、と思ったらそのまま当たり前のように話が進んでいくのでたまげた。さらにその後先生までゲーム内でからんでいたということが発覚したりで、なんというかいろいろ設定の裏付けを放棄した感が逆に清々しかった。ポルノではよくあることだ。

netogenoyome.com

 

いつ面白くなるんだろうと根拠なく観ていたら6話まできてしまった。ここまで、肝心のストーリーといったものはとくになくて悪い意味での日常系ストーリー(公式のストーリー説明「残念で楽しい日常=ネトゲライフが始まる!」)が展開され、ヒロインのアコはじめ目がでかすぎのキャラデザがもうちょっとなんとかならんかとかそのほか不満点はあるが、ここまでたぶん美少女に釣られて観てしまったという感じ。まったく面白くないアニメでも美少女に釣られて観てしまうというのはまああるっちゃある。ポルノだからしょうがない。このアニメのいいところといえば、デュラララの人がやっている主人公のルシアンの演技はまあまあ好き。

↓目がでかすぎて人間に見えない。

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それで、第6話でどうしても気になってしまったのが、ルシアンがアコに告白をするというストーリー。そもそもぼくは、常々この「告白」という悪しき儀式が日本の青少年に根付いていることでどれだけ国益を損なっているか心底憂えているものだ(※べつにネトウヨというわけじゃない)。この儀式によって男女交際のハードルは男性女性双方にとってとんでもなく上がっており、少なくとも少子化の原因のひとつであることは間違いない。おそらく日本の恋愛における告白文化はグローバルな価値観では結婚の申し込みに近いんじゃないだろうか。そんなもん安々と受け入れられるわけがない。

 

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主人公のルシアンとアコがほとんどコミュニケーションを取ったことがないという前提であればまだその余地があったかもしれないが、ふたりはゲーム内で結婚をしているという関係でリアル世界でもほとんど毎日べったりの間柄だ。すでにそのような親密なポジションにおりながら、ルシアンがあらためてアコに告白をしたくなったという動機もわかりづらいけれど、よりによって「告白」という極めて特殊な儀式を行わなければ思いは成就されないと彼が考えていることに絶望した。

すでにリアル世界で明らかに友達以上の関係にある相手と恋人同士になりたいというのは、どういう意味だろうか。ゲームの外でもアコが自分にぞっこん(死語)なのは明らかで、現状よりも進んだ関係になる=性的な行動を起こしたいということなのか。やっぱり。であればそのむねアコに尋ねればよかろう。そうしないのはなぜなんだ。恋人同士になった=告白が受理されたという事実が契約となって、彼女の本意にかかわらず性的な行動が起こせるというお墨付きを与えたとでもいうのだろうか。いったい誰がそんなことを決めたんだ。

ルシアンはアコに「付き合ってくれ」じゃなくて、「エロいことしていい?」と婉曲に伝えればいい。いや、いまのアコなら婉曲にせずともストレートに聞けば期待に応えてくれるんじゃないか。本来その距離感ならば言葉を超えたコミュニケーションが存在するはずであるが、若いうちはそういったことでも誤解をすることがあるだろう、言葉が重要じゃないわけじゃない。でも告白を受け入れた=彼女になることが、いやらしいことを断りなくしまくれる免罪符であるわけでもないのだ。つまり彼氏彼女になったからエロいことができるんじゃなくて、エロいことができる間柄だから、彼らは(結果的に)彼氏彼女なのだ

このエピソードの落ちは、ルシアンの告白を断ったアコの真意は「結婚しているのに恋人になるって離婚するって意味じゃないですかあ。離婚なんて絶対いや♡」で、それを聞いた傷心のルシアンがズッコケるという。100歩ゆずって告白をありとしようか。でも、なぜ告白してアコから返事をもらったときにその真意を尋ねない? なんでおれと恋人になるのがイヤなの?って告白したときにアコに聞けばいいだけじゃない。電報でも使っているのか?

告白文化の何が問題かって、コミュニケーションを放棄しているってことに尽きる。「好きですわたしと付き合ってください」という定型文を提出するだけで、自分の恥ずかしい本心を隠して期待どおりの関係が成立すると思い込む、それはあまりにも幼稚じゃないか。きみの上履きのにおいが嗅ぎたくて気が狂いそうなんだっていえるのが成熟した大人というものだろう。

告白するのは日本固有の文化だとかそういうのはどうでもいいんだけど、べつに海外と比べなくてもちょっと考えさえすれば、この告白文化がいかにおかしな習慣であるかがわかる。告白っていうのは、お互いロミオとジュリエットを舞台上で演じているような戯画的な気分で楽しむ類のものであるべきである。

告白イベントがラブストーリーのテンプレとして使いやすいというのはわかるけど、いい加減子どもたちの心に悪い習慣を植え付けるのはもうやめてほしい。だからもう告らないで。(告るという略語を聞くたびにコックリさんが思い出される)

  

 

最上もが1st写真集『MOGA』

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