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ダイスン

Arsenalとその他もろもろ

選択屋ケンちゃん

創作

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ケンちゃんは子どものころからけして人気ものではなかった。いまとなっては、ある種の男性にとっては魅力的な相貌であったが、一般的な意味あいで男前だと評価されたことはなく、駅前でスナックを経営していた気の強い母親も気に病むほど引っ込み思案な性格でもあり、どちらかといえば不遇な少年時代を過ごした。

ケンちゃんは一所懸命に勉強した。また思春期でぐんぐん成長していった体躯を持て余し、やがてラグビー部と柔道部の部長を兼任するまでになっていた。この頃、男色にも目覚めた。とくに柔道部では、部員全員と関係を持ち、校内で有名だった美人女子マネージャーはおろか、卒業が近づくと初老の顧問までがケンちゃんと関係を持った。当時事情を知らなかった職員室ではこの顧問の目に余る回春ぶりが密かな話題となっていた。男も女もケンちゃんと関係を持ったものは諍うことがなかった。なぜならケンちゃんがいたからである。クラブはケンちゃんを頂点としたほとんど家父長制チームとなって類まれなチームワークを発揮し、その学校史において記録的な成績をあげた。

ケンちゃんは選択屋になった。デシジョン・メイカーになった。なぜそうなったのかは誰も知らない。学校卒業後のケンちゃんには謎が多い。あれだけ慕われながら誰からも知られずこつ然と姿を消した。そしてちょうど3年後にひょっこり町に帰るともうそういうことになっていた。どこからどう見ても選択屋だった。

ケンちゃんのうわさを聞きつけて遠くからも客が訪れた。なかでもこの時代の社会的マイノリティであったある種の性癖を持つむくつけき男たちの多くが、ケンちゃんに抱かれたいと願い、遠路をいとわず参じた。また女たちはケンちゃんに魅力を感じるということをあえて表明することがステイタスとなった。ケンちゃんは一般的な意味あいでの男前ではなかったから、それを奇妙な流行と感じるものもいたが、ほとんど少数派になっていた。

ケンちゃんは人だけは選ばなかった。選択屋の人生において、なにごとにつけても選ばないという選択肢はない。しかし、性欲をもつものであれば老若男女、ケンちゃんに抱かれなかった人間はいなかったし、また、動物すら例外ではなかった。かしわ屋が鶏姦を許したのはあとにも先にもケンちゃんだけである。ケンちゃんに選択を委ねることと身体を委ねることは彼らにとってはほとんど同じ意味になっていた。ある人は心と体の統合、全体性の回復であると論じた。このときすでにケンちゃんは、人びとにとっては単なる選択屋ではなくなっていた。

ケンちゃんは絶倫だった。ある日となり村の性豪が訪れて勝負を試みたが、激闘のすえ敗れ去り、その後その男はケンちゃんの熱心な信奉者になった。また生来の冷感症の女を一晩で何度も絶頂に導いたフィンガー・テクニックは伝説となった。なぜこういった閨房術が万人の知るところとなったかだって? 簡単なことだ。ケンちゃんは必ず秘め事をビデオ撮影していた。それを丁寧に編集しVHSビデオで頒布していたのだ。もちろん、相手の許可は得ている。しかし許可を求めても、ほとんどの相手はケンちゃんに選択を委ねたため、実質的には断る相手はいなかった。のちのインタビューでケンちゃんは「選択屋冥利に尽きるね」と微笑んで述懐した。

ケンちゃんは賞賛をうけた。その選択スキルで多くの人たちを救った。だから町のなかならどこへ行っても王様のように歓迎された。昼どき、すずなりの子どもたちを引き連れて歩くケンちゃんを見かけることができる。夜になれば、たいてい頬を赤く染めた女か男が腕にまとわりついている。そんなときケンちゃんはあらゆる表情を排した賢者らしい顔をしていた。

ある晴れた日、ケンちゃんは逮捕された。頒布していたビデオテープがコピーにコピーを重ね思った以上に世の中に出回ってしまったため(のちにVHSビデオデッキが普及するきっかけになったとも言われている)、わいせつ物頒布等の罪で投獄された。

ケンちゃんは冷たい牢獄で自ら選択することができなくなった。そのかわりに、彼は洗濯を選んだ。彼は来る日も来る日も洗った。汚いものもきれいなものも、別け隔てなく洗った。洗ってきれいにしていった。選択屋が洗濯屋になった瞬間だった。